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晴れのち曇りと、にわか雨と。
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「オーロラの音を聴いたことがあるか?」  
 
だいたい一言で言えば、そうゆうことだ。

会った事も見た事もない老けた紳士が、僕のうしろをずっとつけて来た。尾行なんてもんではない。ただ僕のすぐうしろを、僕と同じペースで歩いてくる。身なりはきちんとしている。黒のスーツにはイヤミではない程度のストライプが入っている。ネクタイはしてないらしい。頭にはスーツと同じ黒のハットが乗っている。ツバは控えめで、くたびれた感じはない。ハットと耳のわずかな隙間からは風格のある白髪が見える。きちんとしすぎた身なりとゆうものは、街中では逆に目立ってしまう。僕はこの会った事も見た事もない老けた紳士が、僕をつけているとゆうことがすぐにわかった。背丈は低く、痩せて、頬にはいくつかのしわが見える。そのせいで実際の年齢よりもはるかに老けて見える、そうゆうタイプだ。もう少しラフな服を着てしまえば、誰もが初老を通り過ぎた老人だと思うだろう。ショーンコネリーをスマートにして、さらにいくらかの気苦労を付け足した感じだ。

コネリーは6個目の信号待ちの時に、僕の右隣にやって来た。二人とも15メートル前で赤く光る歩道信号をじっと見つめたままだった。僕は右側に息苦しいような緊張感を感じながら、辛抱強く緑色のオブジェがやってくるのを息を止めて待った。ずいぶん待たされて、信号がようやく変わった。すっと一息吐いて、ゼブラのアスファルトに逃げ出そうと足下に目を向けた瞬間、コネリーは前を見たまま僕にこう言った。

「オーロラの音を聴いたことがあるか?」

僕はびっくりして無意識にまた息を止めた。いや、止められた。まるで、この地球上で僕の時間だけが一瞬にして氷ついてしまったみたいに。
コネリーは一言僕を刺すと、そのまま人の流れに合わせて道の向こうへと歩き始めた。それは自然すぎて奇妙なほど、自然な動きだった。僕は足下を見たまま、次の赤信号がやってきてもまだ動けなかった。コネリーのうしろを目で追う事すら、出来なかった。


そこで、目が覚めた。夢だ・・・。目が覚めた時に、現実感を寄せ集めるのに苦労するような、言葉にならないリアリティが残る夢だ。「オーロラの音を聴いたことがあるか?」今朝方見た夢を一言で説明するとなると、そうゆう事になる。


疲れてるかな・・。そう、万人がそうであるように、僕にもやらねければいけない仕事が毎日忙しくある。僕はとある大手の不動産リース会社で営業兼プロモートの仕事をしている。時には睡眠を大幅に削っても一日が足りないと思う。望んで付いた仕事と言う訳ではないが、それなりの、努力に見合ったやりがいは感じる。そこが唯一の、この仕事を続ける原動力でもある。不満と言えば、顧客からの理不尽なクレームにささやかな休日を度々掻き乱される事だ。入るはずのテナントが聞いていたような店とは随分違うだとか、週末の新聞の折り込みに入る予定のチラシに不備が出ただとか、そんな類いだ。今日も朝一に、今回の仕事が新規の顧客から急な打ち合わせが入ってる。都内の地下鉄の主要駅に貼る特大のポスターに、変更要請が来たらしい。アウトレットチェーンのニューオープンをテナントの手配から宣伝の一環まで、すべてをうちの会社に一任されていた。その担当のチームリーダーが僕だ。ここまでの大きな仕事を全面的に僕に任されたのは初めてだ。その分、つまらない失敗は出来ない。ポスターは何度か校正を重ねて、GOサインを先週やっと取り付けたものだった。デザインは前から繋がりのある確かなデザイナーに依頼した。顧客のイメージを少しでも逃さないように、先方の担当者とは何度も会って丁寧にデザインの具体案を進めた。そうして上がったポスターは申し分なく、上出来だった。ロンドンの中世の趣きが残る街角が大きく一面を介し、最新のファッションを身につけた白いネコと、何を着ていいのか迷ってる黒い犬がお互いを見合って驚いているシーンが端の方で気持ちのいいインパクトを与えている。手前の石畳には取り扱いのブランド名が小さめのロゴで32社分入っている。上部には大きくアウトレットチェーンの名前とオープン日が掲げられて、他のポスターと並んでも一番に人の目を引く自信がある。先方も、もちろん僕も、大満足の仕上がりだった。少なくともおとといの夕方までは。それが突然昨日になって、背景の写真を差し替えて欲しいと連絡があった。差し替えの写真にはこちらで用意したものがあると。全く世の中はどうしてこう回り道を好むのか。

僕はその緊急の打ち合わせのため、今朝は会社には寄らずに直接顧客のもとに向かった。自宅からは車で40分もあれば着くはずだ。僕は愛車のワーゲンポロで約40分ドライブに向かった。ポロはシルバーで、1400cc。11年落ちで故障とはいつも背中合わせだが、3年前に中古で、それも格安とも言える値段で手に入れてからは毎日出勤で使っている。3速のギアが時々入りにくいのさえ、愛嬌とゆうものだ。ハンドルを握りながら、僕は一旦ポスターの事は頭の中から追い出してみる事にした。いくらここで考え込んだところで、先方が何を言い出すかで180度変わってしまうからだ。

出勤時間で道は混んでいたが、それは郊外に向かうこの車線には関係のないことだった。3月に入ってからここのところ一気に気温が上がり、雨すらしばらく見ていない。今朝も眩しい青空が当たり前のように都会の空に広がっている。手入れのされた街路樹には、所々にアクアマリンに近い緑の新芽が出始めていた。窓を開けて走るともう冬の気配はどこにもなかった。風は仄かな熱を含み、匂いは遠かった春日をふと思い出させてくれるに十分だ。何にも邪魔されずに地上に届く光の波形は街の輪郭をくっきりと照らしている。まさに、春はもうすぐそこまで来ている。

ロンドンの街角が頭から離れると、今度は不意に信号待ちの横断歩道が巡ってきた。今朝見た妙な夢を思い出した。コネリーは一体誰だったのだろう。どこかで会った事があるだろか。いやない。僕は一度会った人間はほぼ覚えている。数少ない特技と言ってもいい。では、なにか映画かテレビでたまたま見た事がある人物か。それも違うような気がする。しっくりこない。それに、映像で見ただけにしては細部までがしっかりと出来過ぎていた。コネリーにはその質感だって肌で感じることができた。とても不思議な感覚だ。夢が覚める直前に感じた氷つくような一瞬の驚愕は、夢にしてはあまりにも鮮烈だった。

「オーロラの音を聴いた事があるか?」

コネリーは信号待ちの他の誰でもなく、前を向いたままに、しかしはっきりと間違いなく僕にむかって、そう言ったのだ。なんの意味があるとゆうのだ。そもそもオーロラに音があるのか?僕には分からないことだらけだ。溜まった疲れが一気に重みを増して来たように感じた。この仕事がうまくいったら、少し有給を使って実家のある田舎で久しぶりに2、3日のんびりとしたい気分だ。落ち着いたら上司に掛け合ってみるか。まだしばらくはそんなわがまま聞いて貰えないだろうか。そこまで考えたところで、顧客の会社に到着した。

その会社は都心から約10キロ程東に外れたところにあった。七階建てで新築間もない自社ビルを持っていて、周りに目新しいビルもないためにそこだけが場違いに近代の息を吹いていた。一階の受付でニューオープンのポスターの件を告げると、受付の女性は内線を何度か押してくれた。僕は少し下がってその女性のやり取りを待った。薄いブルーの制服で、首元は質のいい真っ白なスカーフを斜めに巻いていた。会社の窓口の女性としては完璧なスタイルだ。唯一のオリジナリティは、スカーフをまとめるピンに小さなダイヤとティファニーと分かる装飾が入っていることだ。
しばらくしてティファニーが僕を呼んだ。
「お待たせ致しました。七階の社長室にお向かい下さいませ。」
おどろいた。ポスターの打ち合わせに、社長室に呼ばれるとは思いも寄らなかった。なにか他に重大なミスか変更でもあったのだろうか。僕はティファニーに会釈だけして奥のエレベーターに乗った。社長室の前には秘書デスクが二つ並んでいた。一つは空席になっていて、もう一つの方に座っていた背の高い秘書が腰を上げた。案内されるまま、社長室をノックした。中からは意外な程若い男性の声がした。中に入ると、ドアを閉めるように言われた。そこには僕と同じくらいの年と思える社長が一番奥の出窓に置かれたコーヒーミルの前に立っていた。若い社長はザッセンハウス社の高級そうなミルで高級そうなコーヒー豆を挽きながら高級な匂いを作っていた。
「ご足労かけました、ポスターの件で、緊急な事案だったものですから。」
見かけの年には関わらず、落ち着いた口調だ。
「実は、あのポスターの背景写真をこれに差し替えて頂きたいのです。」
そう言ってザッセンハウスはA4サイズの茶封筒を僕に差し出した。僕は窓際に三歩進んでその封筒を受け取った。中には大きく引き延ばされた写真が一枚入っていた。

それは、オーロラの写真だった。

僕は鳥肌が立った。写真をもつ右手の先から、順番に左手まで周り、同時に背筋がざわつくのがわかった。またオーロラだ。一体なんなんだ。全く意味が分からない。一つ言える事は、これが単なる偶然ではないとゆうことだけだ。なぜかそのことは、はっきりと確信を持って断言できる。なにか僕の知らないところで、オーロラに関係したなにかが、僕を巻き込んだのだ。

僕は何も言葉が出ずに、黙ってじっと目の前の写真を見ていた。
ザッセンハウスはその間、コーヒーを一口飲んだだけで、やはりじっと何かを待っていた。
僕は動揺を悟られないように小さく深呼吸してから、ザッセンハウスに訊いた。

「なぜオーロラなのです?」

ザッセンハウスはコーヒーカップをゆっくりと机の上に置いた。


「さてと、まずはコーヒーでも飲みませんか?」





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